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尼崎城 (天守) [1/2] 平成最後の年に再建された尼崎城天守へ。


尼崎城 (天守) [1/2] 平成最後の年に再建された尼崎城天守へ。

尼崎城は、江戸幕府が西国支配の拠点である大坂の西の守りとして譜代大名・戸田氏鉄(うじかね)を膳所(ぜぜ)から尼崎藩主5万石として移封し、寺院を中心として栄えていた尼崎の町を城下町として整備し直して築かせた近世城郭。明治維新にて廃城。都市化により城の遺構はお堀を含めほぼ失われ、棟瓦や鯱瓦などがわずかに伝わる程度。だったが平成31年、地元の資産家(関西地区では有名なミドリ電化)が私財を投じて外観復元天守を西三の丸跡に再建、市に寄贈し、市民の憩いの場と観光地化が行われた。

<基本データ>
●名称:尼崎城 (Wikipedia)
●所在:兵庫県尼崎市 (地図)
●城主:戸田氏鉄 / 青山氏 / 松平氏
●築城:元和三年(1617)
●遺構:なし
●時間:1時間30分 (1400−1530)

訪問時期:2019年4月
尼崎城(天守) 訪問記 − 其の一

再建天守が建つ前の跡地めぐりをした尼崎城 訪問記(2013年)はコチラ。この頃はまさか天守が再建されるなんて想像もしてませんでした。


<訪問記>

阪神尼崎駅へ。尼崎城の再建天守はこの駅の裏すぐだ。ちなみにJR尼崎駅はここから歩いて約20分の距離。
駅の中にはこんなポスター。再建尼崎城の、街を上げての盛り上がりが見て取れる。恐竜が持ってる看板の矢印の方向に進むと、再建天守のある出口へ。
駅を出て橋を渡る。橋の上から、奥に築かれた再建天守が見える!以前あのあたりは何も無かったので、とても目立つ。右側に伸びる低い石垣は、天守が再建される前からあった「尼崎城址公園」の図書館の石垣。
橋を渡って城址公園へ。左側の石碑には「尼崎城址公園」と書かれている(逆光で見えないが)。
尼崎城址公園へ続く道。手前に真新しい「戸田左門氏鉄公顕彰碑」が立てられている。初代尼崎城主。
公園へ入る。公園という名の通り、子供の遊具などがたくさん並べられており、訪問時も子どもたちで賑わっていた。普通の公園と異なるのは、その公園の外周が真新しい土塀と石垣で囲われているということだ。土塀の一部が折れ曲がり、天守へ通じる道ができている。当時の姿とは異なるが、それっぽい雰囲気に仕上がっている。
天守は公園からの入口より1段低い場所に建てられていた。ちょっとした展望台のようになっていて、少し高い位置から天守が見えるようになっていて良い。
展望台の上から見た尼崎城再建天守。鉄筋づくりだが古文書や古写真を元にした外観復元。
かつて天守は現在の小学校の位置にあった本丸の一端に築かれ、その周囲には内堀が巡っていた。今は石垣も内堀も失われたが、ここに復元されている。
復元天守の周りを見ながら正面へ回る。
下に降りてきた。復元天守を真横から。天守の屋根には四方に同じように唐破風(3階)と千鳥破風(4階)が付けられている。
訪問は4月初旬。まだ桜が残っていた季節。尼崎城の周りに少しだけ植えられていた桜と青空と、再建天守。
もう少し角度を変えて。気持ちいい〜!
ではいよいよぐるっと回り込んで本丸の内側へ入ろう。
天守再建に伴い、内堀や本丸石垣も天守周辺だけが復元されている。この右側から、本丸内側へ入ることが出来る。
復元本丸の内側へ。本丸内は人工芝生広場になっていて、青空のもと、沢山の人が寝そべっていた。
天守に入る前に、ちょっと芝生広場を散策。奥の高層マンションと再建天守のコントラスト!
芝生広場の端っこから。戸田氏鉄公もビックリの光景。
では、再建天守へ入ってみよう。たくさんの人が天守へ入り、そして出てくる。中は大盛況のようだ。天守へは、手前に接続されている附櫓から入るようだ。なお古絵図によるとあの場所に門は無かった。
入ろうとしてふと「尼崎城天守」の石碑を発見。目立たない〜。左側の門から入場しよう。
再建尼崎城への入口。左側の石垣は縦積みじゃないか!
中に入る。真新しい木材の雰囲気。正面の石垣の壁は、この高さまでが石垣の内部という意味だろう。
再建天守一階。入場券売り場になっていて、二階〜五階が有料区域のようだ。左側には小さなお土産コーナー。お城メダルは残念ながら無かった。お城メダル希望!!
尼崎城ご案内。5階は展望台、4階は地元名士の作成した名城手ぬぐい展示、3階はコスプレコーナー、2階がメインの展示となっていた。1階は無料で閲覧できるパネル展示部屋。
1階奥の渡り櫓部分にある、無料展示コーナー。尼崎城下の今昔を、パネルやCG映像で振り返る。変わりまくってしまった尼崎の街の歴史を手っ取り早く感じるにはお手軽でもってこい。
尼崎城周辺図パネル。江戸時代の様子。右側の透明パネルを移動させると、、、
このように、江戸時代と平成31年の姿を重ね合わせて見ることができる。川以外はほとんど原型をとどめてはいないがものの、当時の川(堀)の形に沿って今も建物などが一部配置されていることも分かる。ちなみに左側は明治時代の姿。

>> 尼崎城(天守) [2/2] へ続く。<<

訪問時期:2019年4月
撮影機器:FUJIFILM X-T20 + XF10-24mm

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Original article source:https://akiou.wordpress.com/2019/04/27/amagasaki2019/

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