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第331回:国吉城(若狭国の入口を守った城)


第331回:国吉城(若狭国の入口を守った城)

訪問日:2017年5月

国吉城は福井県三方郡美浜町にあったお城です。
佐柿国吉城とも呼ばれます。町史跡に指定され続日本100名城にも選ばれています。
1556年に若狭守護であった武田義統(たけだよしむね)の重臣であった粟屋勝久が築城しました。勝久は若狭と越前の国境付近の城山に築かれたこの城で,1563年から1569年の間に毎年繰り返された朝倉氏の侵攻を撃退ことで知られます。この戦いにおける勝久の活躍は「若州三方郡国吉城籠城記」に軍記物として記され称えられました。
その後,主家の武田氏は朝倉氏に屈することとなりましたが,1570年 勝久は朝倉氏に敵対する織田信長軍を迎え入れ,以後織田からの武将として活動しています。
織田政権下においては丹羽長秀,本能寺の変後の豊臣政権下では木村重茲(きむらしげこれ)が入り,現在の石垣造りの城に改修されていったと考えられます。その後は浅野氏,木下氏,京極氏等が若狭を治めましたが,江戸時代に明治維新まで続く酒井氏が小浜藩主となると廃城となったようです。

国吉城/01遠景.jpg  国吉城/02若狭国吉歴史資料館.jpg
●山麓より国吉城の遠景。
●近世 江戸時代に小浜城に入った酒井忠勝は佐柿の城下町を管理するため国吉城の山麓に佐柿町奉行所を整備しました。
現在の若狭国吉城歴史資料館がある場所で,当時の石垣なども残っています。

国吉城/案内板
現地の案内図です。
若狭国吉城歴史資料館の背後の山麓には城主居館跡があり,伝二ノ丸(出丸)を経て山頂の曲輪に向かいます。

国吉城/03城主居館跡.jpg  国吉城/04居館石垣1.jpg
●まずは平時の居住域であった城主居館跡の遺構を探索します。
●居館跡には土塁石垣が多く残されています。

国吉城/05居館石垣2.jpg  国吉城/06居館土塁.jpg
●居館跡の石垣です。
●こちらは土塁の痕跡のようです。

国吉城/07居館石組溝.jpg  国吉城/08居館上部.jpg
●案内板にもある石組溝です。
曲輪が階段状に築かれていることがわかります。

国吉城/09敷石遺構.jpg  国吉城/10詰城へ.jpg
●草でわかりにくいですが,敷石遺構も残っています。
●詰城である山上の曲輪へ向かいます。

国吉城/11クマ出没.jpg  国吉城/12登山道.jpg
●お約束の獣除けのフェンスを開けて登ります。熊出没注意!
●かなりハードなつづら折れを登ってきました。

国吉城/13伝二の丸.jpg  国吉城/14伝二の丸喰違虎口.jpg
●登山道の途中に伝二ノ丸(出丸)の様子です。
個人的には国吉城の中で一押しの曲輪。
●この喰違い虎口が見所です。

国吉城/15伝二の丸奥.jpg  国吉城/16さらに登る.jpg
●伝二ノ丸の虎口奥の部分です。中々の土塁ですね。
●伝二ノ丸より山上部へはさらに登ります。

国吉城/17本丸近くの石垣.jpg  国吉城/18堀切.jpg
●山上に近づくと石垣が見えてきました。
●登山道は本丸と北西曲輪群を分ける堀切に到着します。

国吉城/19堀切上から.jpg  国吉城/20二ノ郭.jpg
堀切を上方から見ています。石垣で固められていたことが良くわかりますね。
●まずは堀切左側の北西曲輪群に向かいました。写真はⅡ郭の様子。

国吉城/21二郭切岸.jpg  国吉城/22三郭から四郭.jpg
●このⅡ郭の切岸が中々立派です。
Ⅲ郭からⅣ郭へのアクセス。

国吉城/23五郭から伸びる土塁.jpg  国吉城/24本丸へ.jpg
Ⅴ郭からⅥ郭への伸びる土塁
●元の堀切に戻って本丸へ向かいます。

国吉城/25本丸虎口.jpg  国吉城/26本丸.jpg
本丸虎口の様子。石垣で固められていたようですが大分崩れており修復を行っていようです。
本丸の様子。

国吉城/27城碑.jpg  国吉城/28本丸土塁.jpg
●本丸にある国吉城址の石碑は大正時代のものだそうです。
●本丸南端の土塁櫓台跡と考えられます。

国吉城/本丸石垣  国吉城/29本丸堀切.jpg
●本丸の側面にも石垣の残欠が見られ,中心部は総石垣であったことが分かっております。
●本丸の南側の堀切。周囲の尾根と遮断しています。

国吉城/30准藩屋敷.jpg  国吉城/徳賞寺.JPG
●麓に戻って,准藩屋敷跡です。
江戸末期の天狗党の乱で流された水戸天狗党は小浜藩の預かりとなりこの施設に入りました。
●山麓の陽光山徳賞寺は粟屋勝久が戦没者を弔うために寄進したものです。

国吉城/32供養塔.jpg  国吉城/31佐柿町並み.jpg
●寺内に粟屋勝久の供養塔があります。平成十二年に新しく再建されたようです。
●古い街並みの残る佐柿の城下町も必見です。写真は小畑家住宅

地味な若狭の戦国史においても,守護大名という伝統勢力側の最後の粘り,意地とでも言いますか,新興勢力の朝倉氏を何度も撃退した粟屋勝久の奮戦は比較的知られるところで,ここはその舞台となった城です。


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