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第347回:鹿背山城(山城南部を代表する巨大中世城郭)


第347回:鹿背山城(山城南部を代表する巨大中世城郭)

訪問日:2017年5月

鹿背山城(かせやまじょう)は京都府木津川市にあったお城です。
築城時期は明確になっていませんが,15世紀には軍事力も有した興福寺の北方防御の拠点として機能したと史料に登場します。16世紀後半の戦国時代となると大和を支配した松永久秀による改修が入ったと想定されており,現在に残る大規模な中世城郭へと発展しました。

鹿背山城/01登城口.jpg  鹿背山城/02城碑.jpg
●分岐を西念寺へ向かうと城山への登城口となります。
●分岐付近にある 左 鹿背山城址の石碑。

鹿背山城/縄張図
現地の案内板。広大な城域でどこからどのように回れば良いのか迷うところです。
今回は私が回った順番で説明していきますが,分かりやすいので一部 曲輪番号を加筆しました

鹿背山城/03西念寺.jpg  鹿背山城/04登山道分岐.jpg
●登城口にある西念寺
●登山道途中の分岐。主郭方面は大手道を直進です。主郭の西側を下りて帰って来た時は左側から出てきました。

鹿背山城/05竪堀11.jpg  鹿背山城/06分岐.jpg
●大手道の左側谷の向こうに見える竪堀
●この辺りも複雑な分岐です。前方突き当りを右が主郭方面,左方向は南西に展開する曲輪群ですが右後方にも東の曲輪群へ向かう道があります。

鹿背山城/07虎口A.jpg  鹿背山城/08主郭.jpg
●まずは主郭虎口に到着。奥で左に屈曲する枡形虎口となっています。
●標高135mに築かれた主郭の様子です。

鹿背山城/09主郭土塁.jpg  鹿背山城/10木製城碑.jpg
●主郭には土塁が残ります。
●木製の城碑。鹿背山城跡とあります。

鹿背山城/11主郭櫓台.jpg  鹿背山城/12眺望.jpg
●主郭に東側の幅広の土塁は櫓台跡と言われています。
●主郭よりの眺望。木津川の橋梁を渡るのはJR奈良線。

鹿背山城/13水の手へ.jpg  鹿背山城/14水の手.jpg
●主郭の北側を下ったところにある水の手に向かいます。
●山城には欠かせない水源である水の手に到着。

鹿背山城/15水の手奥の堀切.jpg  鹿背山城/16竪堀城虎口付近.jpg
●水の手から北東方向に少し伸びる尾根には二本の堀切が築かれています。
●主郭下東側沿いに進みますと,左手に写真の竪堀があります。

鹿背山城/17城虎口.jpg  鹿背山城/18曲輪Ⅱへ.jpg
●竪堀から先に進むと城虎口と案内板にもある空間にあたります。(上から撮ってます)
確かに左右の曲輪が迫った狭路でありますが,虎口というより各方面からの城道が合流する四差路という感じにみえます。
●城虎口より東側の曲輪Ⅱへ向かいます。

鹿背山城/19曲輪Ⅱ虎口.jpg  鹿背山城/20曲輪Ⅱ.jpg
曲輪Ⅱ虎口
曲輪Ⅱ内部の様子。

鹿背山城/21堀切曲輪2と3.jpg  鹿背山城/22二重の竪堀堀切(2,3).jpg
●曲輪Ⅱの東側,曲輪Ⅲとの間に築かれた堀切です。
堀切の先は土塁により二本に分かれ竪堀となり落ちていきます。

鹿背山城/23曲輪Ⅲ.jpg  鹿背山城/24曲輪Ⅲ畝状竪堀.jpg
曲輪Ⅲは比較的面積の浩曲輪です。
●曲輪Ⅲの東下にある畝状空堀群(畝状竪堀)。

鹿背山城/25箱堀曲輪Ⅲ南.jpg  鹿背山城/26曲輪Ⅸ.jpg
●曲輪Ⅲ南下の曲輪のさらに南下。巨大な堀切箱堀と呼ばれる鉄砲時代に対応した堀切です。
●箱彫りよりさらに南に伸びる長細い曲輪Ⅳ

鹿背山城/27曲輪Ⅸ南端堀切.jpg  鹿背山城/28曲輪Ⅶ.jpg
●曲輪Ⅲの南西に伸びる曲輪の南端に位置する堀切です。
●こりたは曲輪Ⅱの南方に伸びる曲輪Ⅴです。

鹿背山城/29土塁G.jpg  鹿背山城/30曲輪Ⅴ.jpg
●上述の曲輪のさらに南には分かりにくいですが土塁で閉塞さらた空間があり,ここに敵を誘い込み封殺したのではないかと想像できます。
●主要曲輪の南西側沿いに戻って来まして主郭より南西方向に伸びる曲輪Ⅵです。

鹿背山城/31曲輪Ⅴ土塁.jpg  鹿背山城/32主郭西の竪堀.jpg
●曲輪Ⅵに残る土塁
●曲輪Ⅵの付け根から西側へ大規模な竪堀が。(この辺りは後ほど下からもう一度見ます)

鹿背山城/33主郭北の曲輪.jpg  鹿背山城/34竪土塁と堀切.jpg
●主郭の北側の曲輪Ⅶに回り込みました。
●曲輪Ⅶから主郭の西側に回り込んだところにある大規模な堀切土塁

鹿背山城/35土橋.jpg  鹿背山城/36捨て曲輪.jpg
●上述の堀切にかかる土橋
●土橋の先は捨曲輪(すてぐるわ)という曲輪に繋がっています。
捨曲輪とは防御のための曲輪でなく敵を誘い込んで殲滅するための曲輪です。

鹿背山城/37奥の土橋.jpg  鹿背山城/38巨大竪堀.jpg
●捨曲輪の奥,つまり西側にも堀切土橋がありました。
●主郭の南西側を駆け降りる巨大な竪堀。これは曲輪Ⅵの付け根あたりから出ています。

鹿背山城/39巨大な畝状竪堀.jpg  鹿背山城/40畝状上から.jpg
●二本の豪快な竪堀をみることができます。
畝状空堀群(畝状竪堀)を横断して進みます。

鹿背山城/41主郭西の畝状.jpg  鹿背山城/42畝状下から.jpg
●西側斜面はとにかく多くの竪堀が残っています。
●これは下から,こちら側が防御上の弱点とみなされ入念に防御施設が築かれたと推測されます。

これだけの城域と防御施設を有していながら歴史上の有名な場面での登場は無いのです。
歩いてみれば明らかに地域を代表するような重要拠点であったことが分かりますよ。


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