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アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから 各メディアの特性や“アニメ業界の独自風習”まで徹底議論【IMARTレポート】 マンガ・アニメの未来をテーマにした国際カンファレンスIMARTが11月15日(金)から17日(日)にかけて開催。本稿では17日に開かれたセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」の様子をお送りする。 イベント・レポート 2019.12.9 Mon 21:30


アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから 各メディアの特性や“アニメ業界の独自風習”まで徹底議論【IMARTレポート】
マンガ・アニメの未来をテーマにした国際カンファレンスIMARTが11月15日(金)から17日(日)にかけて開催。本稿では17日に開かれたセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」の様子をお送りする。

イベント・レポート

2019.12.9 Mon 21:30

IMARTのセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」の様子

  • IMARTのセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」の様子
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マンガ・アニメの未来をテーマにした国際カンファレンス「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima(IMART)」が11月15日(金)から17日(日)にかけて豊島区役所で開催された。カンファレンスでは24のセッションが開かれ、教育やテクノロジー、マーケティングやジャーナリズムなど様々な分野について活発な議論がなされた。

本稿ではそのうち、17日に開かれたセッション「アニメのジャーナリズムのこれまでとこれから」の様子をお送りする。アニメはいかにメディアに取り上げられ、文化的な場を形成してきたのか。そしてその媒体で評論空間が形成されることの是非について、熱く語り合われた。


セッションは5人の業界を代表する記者・編集者によって進められた。パネリストは朝日新聞記者で、アニメコラム「アニマゲ丼」を執筆する小原篤、KADOKAWAが発行するアニメ専門誌「ニュータイプ」の編集長を務める角清人、アニメビジネスの最前線を取材し続け、アニメビジネスの専門サイト「アニメーション・ビジネス・ジャーナル」編集長の数土直志、20年近くにわたってアニメの論壇に立ち続ける藤津亮太の4氏。司会は長年アニメ関係の編集・ライターとして携わってきた稲田豊史が務めた。


セッションは、タイトルの通り、アニメのジャーナリズムがどのように発展してきたのかをたどるものとなった。
制作サイドと二人三脚の誌面作りを歩んできたがために、批評空間を形成しにくくなってしまったというジレンマ、そしてこの構造をどうすれば良くしていけるかが話し合われていく。


そもそもアニメはいつからどのように新聞や雑誌に取り上げられるようになったのか。アニメ専門誌の成立は諸説あるが、現在に残る定期刊行物としては、徳間書店の「アニメージュ」が1978年に誕生し、これが最も古いものとなっている。


小原による朝日新聞の社内データベースを活用した調べによると、朝日の紙面でアニメが大きく取り上げられた事例に『宇宙戦艦ヤマト』の人気ぶりを社会的に報じたものが1977年8月5日夕刊の紙面に見つかった。「検索した限りではこれが『ヤマト』の最初の記事」と小原は説明する。


続く『機動戦士ガンダム』が朝日新聞の紙面に初めて登場したのが81年の3月。ただこれも、当時人気絶頂だった劇場版に大勢のファンが列をなしたという社会現象を報じており、『ガンダム』そのものの魅力を報じたものではない。
小原はこれについて「新聞は古いメディアなので、当時新興の文化であったアニメそのものを取り上げることは難しい。その中で紙面を飾るには、社会現象のニュースとして報じられる必要性があった」と振り返る。

ただ、80年代からジブリを中心に少しずつ変化はあり、例えば『風の谷のナウシカ』が朝刊一面のコラム「天声人語」に取り上げられるといった動きはあったという。


一方雑誌のほうでは、映画雑誌「キネマ旬報」で『風の谷のナウシカ』が取り上げられ、『となりのトトロ』が88年度の日本映画1位に輝くなど、少しずつ当時の文化人の見方が変わっていったという。

転機が訪れたのは、『もののけ姫』大ヒットや劇場版『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象となった97年。同時期、朝日新聞は「手塚治虫文化賞」といったマンガ賞を創設するようになり、マンガ賞を自社で抱えている手前、マンガ作品そのものが紙面でも取り上げられるように変わっていったという。

さらにその後、2001年には『千と千尋の神隠し』が国民的大ヒット。ベルリン国際映画祭やアカデミー賞での受賞を経てさらに一般への認知度が上がり、16年の『君の名は。』でよりアニメは一般化したと小原は分析する。
数土も、「アニメが一般化したのはここ数年」と、海外の映画賞の事例を挙げて話した。


「アニメにジャーナリズムは存在するのか?」という話題でも議論が行われた。そもそも、アニメ雑誌が取り上げる範囲にジャーナリズムは該当するのか。
例えば、声優が薬物などをやってスキャンダルが発生した場合、スポーツ紙などは報じるだろうが、そういう話題をアニメ専門誌の読者が求めているのか、という意見もあった。

さらに「批評は専門誌の役割なのではないか?」という議論に移った。これについて数土は、「かつて『日経キャラクターズ』という媒体があり、これはアニメのジャーナリズムだったような気がする。ただ今既にないということは、あまり読者から求められていないかったのではないか」と話した。

数土自身、「ジャーナリストでありたい」という思いはあるものの、自身でウェブメディアを運営した経験上からも、読者から本当に求められているのか悩むところであるし、実際に「アニメ!アニメ!」編集長時代、レビュー中心の企画をやってみたが、コストとの折り合いが悪く、長くは続かなかったという。

さらに数土は、「自分はウェブを中心にやってきたが、ウェブだとページビューなどあらゆるものが数値化され、レビューのような堅い企画は続けづらい。一つの本の中に混ぜられる雑誌のほうが有利なのでは」と話した。


これに対して藤津は、「自分は雑誌よりもウェブになってからのほうが自由に書けると感じている。雑誌だと場面写真が必須で、これを使うとレビューであろうと当然先方のチェックが入る。ウェブのほうが原稿に融通を利かせられる」と論を展開した。ただ、「(ライターの原稿料的に)確かに儲かりはしない」とも付け加えた。


小原は新聞の立場から、「自分の場合基本的に面白いと思ったから書こうとしているので、辛口の批評をわざわざ書く必要性は薄い。ただ、事情によりどうしても辛口の批評も入れざるを得ないと判断した場合、クロスレビューなどといった形にして、辛口批評が目立たないようにする工夫はしている」と振り返った。

ここで藤津は、「自分は過去に新聞に辛口の批評を投稿したことがある。そしたらそれ以降(その会社の)試写会の案内が来なくなった」と打ち明けた。これに関連して数土は「小原さんの新聞のコラムは、さわやかにキツいことを言うのが特徴だと思う。文句はこないのか」と質問。小原は「怒られたことはない。新聞社の原稿であるという理解のもと、チェックもない」と話した。

ここで、原稿のチェック問題に話題が移った。アニメ専門誌の場合、絵素材を請求した場合、版元や製作委員会からのチェックが入ることが慣習になっている。
「ニュータイプ」編集長の角は「(チェックは)基本はレイアウトも含めてほぼ全部入ります。自分は元々『ザテレビジョン』というTV情報誌にいたが、ここではほぼノーチェックだった。『ニュータイプ』に異動して来た時、『全部見せるんだ』と正直驚いたことがある」と打ち明ける。
ところが、新聞の小原は「絵素材使ってますけど、チェックはなしです」と話し、新聞と専門誌の風習の違いが浮き彫りとなった。

こうした記事チェック前提の風習について、角は「素材を借りている部分も事実。ゲームの業界も厳しいと聞く。業界ごとにそこは違うのだと思う」と話す。
数土は、「昔あるパッケージメーカーの方に明確に言われたのが、キャラクターや場面写というのは業界にとって財産。1枚普通であれば5000円などで貸すところを無料で提供しているのだから、これは協業作業なのだと説明を受けたことがある」と思い返した。

小原は、「新聞社の場合アニメに限らず、TV局の番宣担当と長いこと付き合いがあるし、映画も配給や宣伝会社とずっと付き合いがあるので、向こうから取り上げて欲しいという形が多い」としながらも、「一つ例外があって、一度製作会社と直接やり取りした時に、『画像を提供する場合は記事チェックがマスト』と言われたことがある。結局画像は借りなかったが、それを先方に伝えたときに『そのほうがいいと思います』と打ち明けられたことがある」と振り返った。

このエピソードに数土は、「権利者側の人も記事チェックは結構面倒くさいシステムだと思っている人が多いらしい。自分も向こうから『お貸しすることはできるんだけど、記事チェックが発生するので、画像なしで自由に書かれたほうがいいんじゃないか』と提案されたことが何度もあった」と頷いた。

こうした経験を踏まえてか数土は、自身が運営するウェブ媒体において、「僕の方針としては、インタビュー原稿は必ずチェックに回すが、その他の記事は基本チェックしない。素材に関しても、向こうから送ってきた場合は別だが、こちらから『下さい』ということは言わない。素材使わない代わりに言いたい放題という形です」と明かした。


アニメジャーナリズムの今後においては、業界としてどのように後進の人材を育成できるかという話に焦点が集まった。
司会の稲田はフリーランスの経験から「カルチャー系の原稿はビジネス系の原稿に比べて安い。それもあって若いライターが業界に少ないのではないか」と懸念を打ち明けると、藤津は「ウェブ媒体でリリースをリライトしたり、ちょっとしたインタビューをやったりしているところには若い人がいる気がする」と見解を述べた。

これに数土は、「最近ITmediaやNewsPicksなどといった場所に行くと、出てくる記者は新聞や雑誌の出身者が多い。こうした人達がウェブでクオリティの高い記事を書き始めている。でもこれは新聞社や出版社が培ってきた教育をウェブが刈り取っている見方もできる」と話し、「これの20年後が既にアニメ業界で起こっている。つまりいま活躍されている方は大手業界誌で訓練してきた人達も多いが、いま若い人達がいないというのは、こうした専門媒体に若い人を育てる体力がなくなってきている気がする」と警鐘を鳴らした。

最後に会場から、京都アニメーション放火事件のような、アニメに関わる社会的な事件が起こった際、アニメ専門誌はどう関わるべきか、という質問が出た。
これに対して藤津は、「もちろんアニメの専門記者もそういった仕事を放棄するわけではないが、それは社会的な役割として、新聞が担っているものだと思っている。現実的な話をすると、こうした事件は警察を取材しないといけない。こうした意味でもやはり一次ソースに当たって取材している人達に任せるべきではないか」と見解を述べた。

数土も、「ああいう大きな事件になると、取材力のある新聞や大手の雑誌が何重も出ることになる。むしろ僕らがやるべきことは、ああいう悲惨な出来事を3年先5年先にも覚えていて、大手メディアが報じなくなっても喚起することなのではないか」と締めくくった。

[アニメ!アニメ!ビズ/animeanime.bizより転載記事]

Original article source:https://animeanime.jp/article/2019/12/09/50251.html

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