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第369回:館城(幕末動乱の最中に築城された)


第369回:館城(幕末動乱の最中に築城された)

訪問日:2017年8月

館城(たてじょう)は北海道檜山郡厚沢部町にあったお城です。
明治元年 幕末の動乱に築かれた城として知られ国史跡に指定されています。
江戸時代には松前城を本拠地として蝦夷の渡島半島を治めた松前氏ですが旧幕府の攻撃に備えに加え,江差商人の勧めなどもあり内陸のこの地に本拠地を移すべく築城されました。
突貫工事であったらしく9月に着工からわずか50日余りの10月末には藩主である松前徳広やその一族を迎え入れました。
ところが,11月になると旧幕府軍により松前城は陥落し,館城も松岡四郎次郎が率いる旧幕府軍の攻撃を受けました。松前徳広は既に脱出していましたが,松前城でも藩の兵を指揮した三上超順は討死し,館城は落城しました。

館城/01分岐地点.jpg  館城/02入口付近.jpg
◆道道634号線から館跡に向かう分岐地点に模擬門柱があり,案内板もあります。
◆館城の正面に到着。

館城/案内
道路を挟んで左側(北)にも右側(南)にも遺構が残っています。
まずは北側の遺構から見ていきましょう。

館城/03城碑.jpg  館城/04井戸.jpg
◆年季の入った館城址城碑
本丸内に残る井戸跡

館城/05御殿の跡.jpg  館城/06礎石.jpg
御殿跡と考えられる部分。
◆本丸内には建物の礎石も残っています。

館城/07役所.jpg  館城/08試力石.jpg
役所武士部屋があったとされる部分です。
三上超順力試之石です。
館城の戦闘で戦死した三上超順所縁の伝説が残っています。
相撲好きの山田さんがこの石を持ち帰って力試しをしたところ奥さんが病気になってしまい、超順の祟りを恐れ供養たら奥さんも治ったという話です。

館城/08米蔵.JPG  館城/09怪しい建物.jpg
◆本丸の奥にある米蔵とされる場所では焼米(炭化米)は発見されたものの建物跡は見つかっておりません。土塁にように盛り上がり屈曲の跡も見られます。柵でも立ってたのか。
◆道を渡り南側に行きますと城っぽい怪しい建物とミニ博物館と称したガラス戸の掲示板があります。

館城/11焼米.jpg  館城/12土塁と堀.jpg
◆ミニ博物館の中に展示されている焼米(炭化米)。
◆南側には土塁,堀,柵跡が発見されており現在も遺構が良く残っております。

館城/13堀2.jpg  館城/土塁
◆堀は百間堀と呼ばれ途中には屈曲している部分もあります。
土塁は東方向に向かって伸びていきます。

館城/15高台.jpg  館城/16散兵壕.jpg
◆公園の案内に展望台とかかれた高台があります。
◆この高台に散兵壕(塹壕のこと)が残っており,兵を隠して攻撃する場所であったようです。

幕末の動乱を今に伝える城跡です。立派な松前城からこのような内陸の田舎に拠点を移さなければいけない程,旧幕府軍の侵攻は厳しいものであったことがわかりますね。


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